あーとびる麦生ブログ

あーとびるの日々の出来事等を伝えるブログです。

牛島、兜岩、つり鐘洞

妻と二人、あーとびるでの勤めを終えたあと、いつものおいしい手作り弁当を分けていただき、おなか満足してから、小袖、野田港を廻り、えぼし荘に行きました。木のお魚さんを鑑賞するためです。
小袖に向かう海岸の写真を3枚。
久慈湾南側の高台から麦生の牛島がかすんで見えました。

兜岩

つり鐘洞

津波に洗われた部分の松は枯れて赤茶色に見えています。
岩が崩れたかどうか、津波前の写真と見比べて見ましたが
私には確認できませんでした。

えぼし荘3階ホール入口に製作者の深渡氏がいました。昨年の夏、あーとびるの庭で大森良三氏を囲んだBBQパーティーで一度お会いしています。
「住宅は高台にあるので大丈夫だった。けど、ホタテとワカメの養殖施設、作業小屋、船、漁具、、、。みんな持っていかれた。木彫りも浜の小屋でやっていたので、その道具も、長年かかって集めてきた上等のケヤキの材料もすべて流れていった。家は残ったので「被災者」として認定されないから、あれこれの制度援助が受けられないと役場では言う。娘はまだ大学にはいったばかりだが授業料の減免申請も「被災証明が」なければできないと、これも門前払いだ。生計を立てるすべをみんな無くしたのに、、、」

『立ち上がるぞ野田村、美しき古里へカムバック』と入口の立看にはあったが
時折こんな表情がうかがえました。「がんばる」という言葉は彼の口から発せられませんでした。私も妻も「がんばって」とは言えませんでした。

義援金」と太い黒ペンで手書きされたプラスチックの焼酎ボトルが2本、木製花器に生けられた盛り花の脇においてありました。本人の目の前では入れにくいので躊躇していたら、「これは全部えぼし荘の支配人に託して村に寄付する」のだ、と言われたので脱帽の思いを抱きながら堂々と(?)狭い穴からわずかばかり押し込んで来ました。